フランスとサッカー、フランス人ってなあに? 移民と慈善事業 〜W杯優勝記念〜

例えば、僕の勝手な想像では、まずAIは汚くて辛い仕事を完全に担うようになる。老人ホームで老人のオムツを替え、臭いなんかを人間以上の嗅覚で察知して汚物を拭き取るとか、清掃をするとか、人身事故を処理するとか、そういうことから浸透して来る。
あとはStar Warsみたいに、兵器もAIになり戦争も人間の手を離れるから、最後はプリミティブに人間とは何か考えざるをえなくなる。
そうなると、飯を食い、排泄し、子孫を残すのが人間の究極の本質だから、百姓や職人が最後は仕事として残っていくに違いないと思う。
そう遠くない未来に人間の仕事が減るのに、様々の問題を吟味もせずに、移民を日本に入れるなどという無責任はあってならない。

 

人間の責務とは、移民しなくても、先祖からの地で、文化を守りながら、豊かに平和にくらせるように、助け合うことが第一義と私は信じている。
また、私は国際恋愛による外国人の日本移住を防げとまでは言っていない。

 

とにかく、フランスでは移民ももとのフランス人も移民政策の被害者であり、双方に鬱憤が溜まっている。よってサッカーにおいては、移民は魂を移民の代表選手に乗せ、気持ちを高揚させ、勝っても負けても憂さ晴らしに走る。

 

そして、サッカーはこうしたナイーブな問題を含むから、慈善事業や偽善的なパフォーマンスが目につく機会でもある。

 

いい慈善事業としては、今回は黒人のフランス代表ムバペ選手が個人報奨金の5000万円近くを恵まれない子供達のために全額寄付することを表明した。これは非の打ち所のない金持ちの美徳であって、彼の徳の高さを証明している。

 

対して、残念なのが、クロアチア。
クロアチアは、ナショナルチームの報奨金31億円を子供たちを夏のバカンスに招待するために使うと言う。クロアチア語はできないし、あまり情報がないから事実誤認もあるかもしれないが、一度に使い切ってはならない。

 

大切なのは米百俵の精神。戊辰戦争を佐幕側で戦い、減封され疲弊した本家の長岡藩牧野家に、分家の三根山藩牧野家が米百俵を送った。家来の多くが急場凌ぎに分配を主張する中で、家来の一人小林虎三郎が、一瞬で使い果たしては何にもならないと説得し、将来を担う若者のために学校を作った。

 

たしかに、バカンスに招待してあげることも、いっときの子供の笑顔には繋がる。しかし、貧困国のクロアチアが、サッカーのおかげで棚ぼたの31億を手にしたのだから、国家の繁栄と未来のために有効につかう米百俵の機転が欲しかったものだ。

 

サッカーはヨーロッパにおいては実にディープである。

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