フランス人の礼儀 〜わたしと・犬のアレと・生徒と。みんな違ってみんなイイ?〜

さて、こんなにも街が汚いのは、フランス人の多くが礼儀を知らないからに他ならない。
逆に礼儀正しいフランス人は目立つし、いるにはいる。

これを断りつつ、犬のフンを始末しないことや、吸殻などのクズをポイ捨てすることは、こちらの「常識」として除外しながら、常々僕が当たり前のこととして目にする無礼な光景をいくつか申し述べる。

電車やバスのボックスシートで土足を前面のシートに投げ出して座る。
ベンチなどに土足で乗る。
乗り物や飲食店に、手入れされていない汚い犬を連れて、抱きかかえもせずに平気で入ってくる。
ピクニックでもないのに、街中や、大学の廊下などの地べたに座って飯を食う。
カフェなどで食いカスや液体など食い散らかしたものを綺麗にしないで立ち去る。
電車の中で音楽を流したり、大きい声で電話する。
絶対に、交通機関の乗り降りでは、順番を守らず、我先にとなだれ込む。
BonjourやMerciなどの挨拶すらできない。(これは日本もある)

などなど、こうした、人品賤しき、動物的所業の数々はフランスにおいては日常茶飯である。

こう考えると、日本人にとっては当たり前な、街が清潔とか、大震災で人心が一番かき乱されるときに静謐を保てるとか、こういうことが、びっくりされる理由がわかると存じる。

当たり前にこういうことができる日本人は、人間というものにおいて、まだ捨てたものではない。

逆を言えば、一重に人間社会としてのフランスは未熟であり、甚だしく程度が低いということである。蒸気機関や電力・原子力があるとて、文明国とは言えない。

さて、僕は、平成の終わりの本年度、何の因果か、たまたま国立パリ第七大学で教鞭を執っている。こういうことをするとは自分はもとより、誰しもに想定外のことである。
安月給の常任代用教員で、学部生の授業を担当している。
そして、この運命に乗り、色々と僕の方が学び、考えさせられている。

生徒と親しく交わり、様々な先生方と話し、また、教壇から見聞する。

そうして、フランスの教育事情の色々や、フランス人の現代っ子というもののピンキリを知ることになる。

カテゴリー: 社会批評 パーマリンク

コメントを残す