フランス人の礼儀 〜わたしと・犬のアレと・生徒と。みんな違ってみんなイイ?〜

まずは学生の雰囲気。
奇しくも、今日のフランスは、一揆や闘争の時代となったが、この写真は1968年の学生闘争の時代、パリ大学に結集した大学生たちの写真である。

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(http://k00ls.overblog.com/archive/2013-05/20)

一目見てわかるように、彼らは、別に上流階級とかの人間ではないが、勉学をしたい人間だけが大学に来た時代の学生であり、それなりにそういう知識階級に与するという学生たちの矜持もあるから、平民左翼学生であっても、ちゃんとジャケットを着たり慎ましい姿をしている。

身だしなみというのは、やはり大きく、きちっとしておかないと、人として自己や他者を尊重し、敬意を払うことにはならないし、逆にそれ相応に扱われることは難しい。

現代の大学生はエリート校ならそういうこともないだろうが、ヤンキーみたいなスポーツウェアや、あまりにひどい服装で平気で授業に来たり、ヨーロッパの文化なのに、脱帽することも知らないで帽子を室内で被ったり、なぜか太った女子に多いのだが、不味いボンレスハム的な胸を露出させた服を着たり、どういうご家庭の子でしょう。これじゃあ人からは尊重されないよという生徒が目立つ。

でも、話すと、彼らも何かのコンプレックスやら、家庭問題などを抱えている子が多いから、頭ごなしに精神性の発露としての服装を否定するわけにもいかないし、これは彼らのアピールや家々の文化であったりするわけだし、服装は自由だから、そこは僕もコメントはしない。

僕も髪が長いが、これは、大和民族は本来髪が長いのに、短いのが正しいというような西洋化の成れの果てが息苦しいから、という理由を持っているが、服とか身だしなみだけはちゃんとしているつもりだ。

少なくとも仕事で大学に行くときは、大体ネクタイを締め、必ずシャツ。ジャケットなりスーツなりも着ている。本当は紋付で行きたいけど、気合いだけは和服で。

身だしなみは、生徒に対する礼節でもあるし、ちゃんとした格好をしておけば、たとえ外人とて、どこへ行ってもMonsieurで相応に扱ってもらえる。

身だしなみとは大事なことだと思うが、生徒にわかるかな。

とはいえちゃんとした家の子だなというのは、ちゃんとしている。



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