フランスで外人として生きる。その差別と区別の境。(後)〜研ぎ澄まされるアイデンティティ〜

移民の同化不可能性

移民が移民先の国に真に同化しないのは、先鋭化する民族的アイデンティティと他者から向けられる眼差しの二つから理論化される。

先ず、私が日本人であるところの自分を誇るように、たとえこれを誇らない人だとしても、日本人としての自意識は嫌が応にも先鋭化するし、外国にいると尚、日本人であることを要求されるし、そう見られる。

そして、今も私の体が風呂釜を欲し日本酒を求め刺身を夢想するように、生まれ育った文化に裏打ちされた人間の趣向は変わらなければ、アラブ人やインド人などであればさらに戒律強き一神教やその文化とともに移住してくる訳だから、現地には同化しきれないのである。

一種のテーゼやイデオロギーとして、人類には人種民族も関係なく国境も無ければ、宇宙船地球号に相乗りする仲間であるというこの上なく美しい思想があるが、これは有史以来の各人種民族宗教歴史に裏打ちされた文化をして、極めて難儀な理想的思想である。あるいは、人類としてまっさらに人間を見、人類愛を希求することは確かに理想ではあるけれども、それを打ち破るはずであった移民自体がそれに逆行することが現代の歴史から証明されたことが、トランプ現象的自国ファーストナショナリズムやアンチグローバリズムが吹き荒れる原因ともなった21世紀の西洋社会のメインテーマであると言える。

一例として、私のアラブ系の知人の女性は、アルジェリア系フランス人3世であるが、二十歳を超えてイスラム教こそ我らが宗教であると、生まれた国フランスにおいて自己のオリジンを先鋭化しムスリムに回帰した。こういう話は例外ではなく、フランスでは当たり前の事例である。

私もフランスに来てからフランスの現地に馴染みながらも、これと並行して、日本にいた時以上に日本を愛するようになり、日本人としての自己を研磨していることもいい事例である。

また、もう一人の知人の中華系フランス人は、兄貴が黒人フランス人と結婚しようとした時に親に潰され、次に白人を連れてきた時に黒人よりマシだからと消極的に許されたように、親は中華系という移民でありながら却って異人種を毛嫌いし、中華アイデンティティの保守を目指しているように、移民には現地の文化との同化を嫌い、これを尊重しない共同体を築き上げる習性がある。また彼の家では中華系同士での結婚が命令されている。

また、ユダヤ人は今もシナゴーグに住むか高級住宅街でネットワークを保ちながら住み閉鎖的であるし、彼らの中でしか結婚しないことが勿論多く、これはアラブ人にせよ黒人にせよアジア人にせよ、自分たちの移民街に住み共同体と民族の維持結束を図るのは同じことである。

これはある意味残念な人間の性を表すし、人々は各々の民族や宗教が織り成してきた文化や伝統や価値観が同質である安心を求めるし、移民こそ世代を経るにつれ祖国へ郷愁を抱き、自分たちのアイデンティティの保守に一層努めるという心の所為である。

それは日本でも見てとることができ、まず第一の移民問題として在日朝鮮人の問題がある。

彼らがパチンコ業界などを自己の存立の為に形成し異国日本における共同体を築き上げる中で、代を経て益々朝鮮人たるのアイデンティティを先鋭化し、祖国朝鮮への郷愁を募らせ、決して日本人とは結婚してはいけないという掟をもつ保守的な家々が多いというのも納得できる話である。
彼らは沢庵ではなくしっかりキムチを食らうが、私が在仏日本移民だとすれば西洋の酢漬けは無視して、本格的に糠漬けや浅漬けを漬け出すに決まっている。フランスで私が日本人であり続けたいと思うことと彼らはなんら変わりがない。

すると、私が日本を愛するが故に日本で死にたいと考えているように、やはり、生まれた国と民族や言語や国籍が一致するということは幸福なことであり、ユダヤ人にシオニズム運動が起き、西洋のおせっかいをしてイスラエルが建国された際に、遠き父祖の地へ帰りたいと大挙してユダヤ人がイスラエルに帰ったように、移民というのは、移民先の国での既にある生活と引き換えに、益々強まる民族的アイデンティティと祖国愛をして、どのタイミングでこの不一致を解消するために引き揚げるのかというジレンマを抱えるのである。

これを端的に示し、移民や海外長期滞在者なら納得できる言葉の一つとして、元在日韓国人3世の女優李麗仙さんの朝鮮日報で報じられた言葉がある。
「国籍は日本。日本で生まれ育ったので、韓国で暮らすのは難しい。保険の恩恵を受けようと思ったら日本で生活しなければならない。でも、心までは日本に渡していない…血とはそういうもの」

今や朝鮮系日本人の李さんは以前唐十郎さんと結婚し大鶴義丹さんを設けているから、日本を毛嫌いしているわけでもないであろうし、日本の女優として日本には相当溶け込んでいるのだろうと思う。しかし、血と民族的アイデンティティというのは、ユダヤ人が何千年も強固に世界各地に存在するように決して消えないから、これを解消するには帰国せざるを得ないし、子々孫々のために自分一人で帰国の苦心を負うことを決心して実行すべきかもしれないし、かといって生まれた国における生活の放棄は厳しいというジレンマを示す明快な言葉である。

また、下層階級であるフランスの移民がフランス国籍をして生活保護や社会保障の受給に頼った生活をすることに、もとよりのフランス人から大批判を浴びて憎悪されるわけだが、これは日本でも同じことのようであり、移民は移民としていつまでたっても現地人から色眼鏡で見られ、かたや移民は自己の共同体の保守に努めるという並行のスパイラルがある。

そしてまだ在日韓国人なら韓国へ戻ることは不可能ではないが、在日朝鮮人が北朝鮮に戻れるか、フランスの黒人やアラブ人が今更祖国へ戻れるかといったら、政治経済の状況により一層事は難しくなる。

しかし、フランスでは、タクシー運転手などの誰もがなれる肉体労働者になり懸命に貯金して、貨幣価値の差を利用して金持ちの老後を送るべく祖国へ帰る移民もいるから、そういう選択もある。

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