黄色いベスト運動(1)〜どうしてこんなことになったのか〜

先月より、Gilets Jaunes(単数形で、Jaune=黄色い・Gilet=チョッキ)、「黄色いベスト運動」が毎週末パリのシャンゼリゼ近辺を騒がしている。

そして、これが、ことさらにクローズアップされ、ニュースとなって世界中に毎週のように流れるから、日本の視聴者は、パリやフランスの治安の一事が万事危険になっていると映るようである。

しかし、今の所、心配はご無用。デモに参加したり、居合わせたり、近隣住民でなければ被害はない。交通規制やメトロの封鎖などによる不便を除けば、通常の市民生活を営むことができる。

今回の黄色いベスト運動は、確かにデモとしては大規模で、暴力と破壊を伴う大きなものである。

しかし、日本でこの情報に接するときは、ニュースはそもそも、切り取られて流される情報であるということを改めて意識し、ニュースの内容全てが、デモやフランス社会への正しい分析ではないことを、お含みおきいただきたい。

これから、数点、僕がこちらで、人と話したり、聞いたり見たり、肌で感じたこのデモの日々と社会を、あくまで自分の責任の範囲内でお伝えできればと思う。

1.僕が思う今回のデモの特殊性

パリのテロの後、オランド大統領始め各国首脳も集うテロ反対の行進があったのは、レピュブリック広場。このように、デモ行進する有名どころはレピュブリック広場である。こちらは、下町であり、さしあたって観光地ではないから、観光客には馴染みもなければ、イメージするパリの街並みとは違う。

ルーブルの近くで、労働組合の小規模なデモを見たことはあるが、普通デモはバスティーユとか、レピュブリックとかの下町側の広場、つまり警察の規制のしやすいところで行われてきた。バスティーユには新オペラ座があるが、オペラでも見ない限りは、フランス革命のバスティーユ監獄跡を除いて大した観光地ではない。

日本でも、普通、デモは警察に届け出て、日比谷公園から銀座方面を行進したりする程度のものである。

今回の黄色いベスト運動は、そういう出来合いのデモではなく、ツイッターなどSNSで呼びかけが始まり、いざシャンゼリゼへという形で勃発した、ゲリラライブ的な暴動デモである。

ここに、警察の管理下に行われる安寧のデモと、今回のデモが違うということが感じられる。

また、アラブの春もSNS発の民主化運動であったが、デモに関しても、SNSというものが、情報発信とシェアの手軽さ故に、大きなきっかけをもたらすものになるということを痛感した。

ではこのツイッターなどでの呼びかけに呼応して、デモに集まっている人たちは、本当に本当の多数派で、普通の「庶民・民衆・一般市民」であろうか。

2.黄色いベストの人たちは、皆の賛同を得る普通の一般市民か?

僕の周りにいる一般人、そして大学出の左派の人たちに話を聞いてみても、彼らは普通黄色いベストは過激で、愚かで、賛同できないと言う。

ここで、留意しておきたいのは、良き伝統を受け継ぎながら、国民国家のモラルある向上を志す保守派が通常伝統的な家庭に生まれ、所得はそんなに悪くはない社会階級に属すのに比して、共産主義的平等思想を好み、民衆による社会の革新を志すという左派にあっては、大きく二つの階層があると、僕は見ている。

フランスの大学生や、大学出からなる左翼と、高等教育は受けずに、即刻ブルーカラーになった職工の左翼である。

今回のデモの主たる参加者は明らかにブルーカラー左翼の中のそのまた一部である。そこに、単なる便乗の過激派や、マクロンを降ろしたいだけの右派も参加しているらしい。

大学で担当する全授業でカマをかけて、「みんな黄色いベスト運動は行きましたか?どう思いますか?」なんて、聞いてみると、左派系学生の多いパリ第七大学といえ、ほとんどの生徒が首を横に振ったり、あれはデモじゃないなどとレスポンスしてくる。

そう。黄色いベストというのも、土木の職工などが道で工事をするときなどに着る蛍光ゼッケンなのだから、彼らは自ら、敢えて、我々こそはプロレタリアなのだと示威しているのである。すなわち、黄色いベストを来ているのは、ブルーカラーの左翼の過激な人たちがメインであるから、これを「フランス人の庶民たち」とか「普通のフランス人みんな」と見るととんでもない誤りとなる。

全共闘世代とか言う時に、その時の若者がみんな学生運動に身を投じていて、すべからく全共闘だったらちゃんちゃら可笑しいのと同じである。

では、どうして、フランス社会における一部の過激派左翼職工たちが、こんなにもインパクトを残すことに成功したのであろうか。

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