見聞のはじめに

事実、開国してから相当の月日が経った。
しかし、未だ、海外に長期間腰を据えて日本を見、そのあり方を考える人は多くはない。
まだまだ脱亜入欧の雰囲気が日本にはある。

何かの論を構える時に、「欧米では」という枕詞が飛び交うことが、何よりの証左である。
そして、「欧米では」と言う人が、本当に情報を吟味できるほど欧米に通じ、自分の実体験からそう言っているかは、あやしい。
本当に、自分たちの欧米への理解は正しいのだろうか?外から比較して日本を見れば、日本はどのように映るのか?ただこの興味から、フランスに来た。

フランスであった理由は、フランスの人の営みを考える哲学的な歴史学に興味があったこと。
フランスの学費が外国人にも安いこと。こうした理由である。
本当はイギリスに行きたかったが、外国人への学費があまりに高いので、フランスになった。
住んで見ればパリはそう心地が良いわけではない。秋冬春は太陽も出ないし、物価も高い。見たくないものもたくさん見る。論調は偽善で溢れている。自由自由と言っても、本音を公然と言って議論できる状況にない。

しかし、フランスに来て良かったと思っている。21世紀初頭のフランスが見せる素顔は、日本を考えるのに適している。気のおけない仲になり、酒を酌み交わせば外人である私に本音が出るフランス人。異邦人であるからこそ、フランス人の本音に近づける利点がある。また、フランス人の日本に対する眼差しは中々のものがある。性格で言ったら真反対の日本とフランスは、無い物ねだりのようにお互いを好き合っていることは事実のようだ。一度の人生でパリに住めたことは宝物の経験である。

僕の専門領域は日本の江戸時代の歴史。もう少し詳しく言うと、日本の武家の養子の歴史。
フランスと日本では家のあり方が違う。家のあり方の違いは、すなわち社会のあり方に違いを与える。
テーマが決まった経緯は話せば複雑であるが、この研究を通して、日本のあり方を考えている。

実は江戸時代以前の日本がわかると、日本の伝統というものが、思っていたステレオタイプとは全く違うことに気づかされる。

現代のフランスどころではない江戸の人々の離婚率。同棲的な形態を選び結婚しない江戸時代人の多さ。江戸の女の力強さ。尻に敷かれるお侍。明治になって一生懸命ヨーロッパの真似をした日本人が、その勤勉さ故に、時間をかけてその社会規範をしっかりと会得して、成り立った現代の日本。
でもその規範は19世紀の西洋のそれであり、今の世界のスタンダードではなかったりする。
そして、19世紀の西洋を模した日本の姿が伝統と思う人も多い。
現代フランスと現代日本と昔のヨーロッパと江戸以前の日本。これを比較することは、大変に面白く、日本の未来を切り開くヒントを与えてくれる。

日本の伝統とは何かを考え、守るべきは何なのか、改めるべきは何なのかをそろそろ真剣に考えて、国のあり方を正していく時期に日本は差し掛かっている。

維新という言葉が日本で流行り始めた。
この言葉が流行ったのはおそらく明治の頭、青年将校がひたすら唱えた昭和維新、そして今であろう。
明治の御一新は出来事の後に作られた言葉として性格は異なるが、昭和維新と今の維新を唱える背景は似ている。
維新という言葉が流行る裏には、人々の心の鬱憤がある。変わってほしいのに変わらない。変えたいのに変われない。こうした社会に対する悶々が維新を欲す。
昭和維新を目指した青年将校が2.26事件を起こした3年半後に、平沼騏一郎首相が「欧州の天地は複雑怪奇」と、外政の刷新を唱えて総辞職した。それから80年近く経つが、またもや欧州の天地は複雑怪奇。日本社会も行き詰まりを見せる。

明治大帝が五箇条の御誓文をお示し遊ばされてから150年の月日が流れた。改めてこれを拝するに、

「一、広く会議を興し、万機公論に決すべし
 一、上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし
 一、官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す
 一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし
 一、智識を世界に求め、大に皇基を振起すべし」

広く会議は国民の中に興きているであろうか。それに適うだけの情報は日本に流れているであろうか。 人々は社会の中で志を遂げているであろうか。日本人は中々海外に出ないが、世界に智識を求め、それを国のために還元できているであろうか。平成24年の秋にフランスに来てから月日は随分と流れた。色々書き溜めたり、考えがまとまって来たことも多い。

この情報化社会においては、極めて使い方には気をつけなくてはならないが、ネットを通じて容易に、時空を瞬時に超え発信できる時代である。
パリに渡った一若造の僕であるが、言論を以て、少しは祖国に貢献しようと書き連ねる見聞録である。