フランスのお家芸としての階級闘争と日本 〜21世紀前半のフランス暴動の時代に〜

フランス人の革命気質

半年前から続く、毎週土曜日の黄色いベスト運動はとどまることを知らない。
最初は燃料税反対のデモであった黄色いベスト運動も、今や大統領反対運動に性質を変え、来たる欧州議会選挙での反大統領派への共闘の呼びかけが盛んである。

多くのフランス人が、「暴動や革命は我らの伝統」と言うが、確かにフランス革命以後、定期的にフランスでは暴動が起き、それは時に、政権を転覆させた。

フランスの革命といえば、1789年にルイ16世とマリーアントワネットがギロチンされた例のものが印象に強い。
しかしフランスの革命は何もそれだけではない。

王政復古したが、シャルル10世が倒された1830年の7月革命。その後に樹立されたオルレアン朝のフィリップ1世が倒された1848年の革命などがある。

旧体制を倒して新政権を樹立するという転覆構造ではなくとも、1968年の5月革命など、平民層の暴力・破壊活動で政権が大打撃を被り、政策の撤回、あるいは平民層への際限なき譲歩をした歴史もある。

今回の黄色いベスト運動も、貴族でもなければブルジョワでもない、怒り狂ったフランスの平民たちが暴動を起こして大統領の増税政策を撤回させ、歩み寄らせたという点で、それと同質である。

・階級闘争としての革命

革命というのは、フランスが世界に先駆けて成功させた、階級闘争に他ならない。
日本と異なり、フランスの王政の失敗は、王家と貴族が富と権力を独占し、自分たちだけが免税と年金を貪る唯一の特権階級として、平民に圧政や専制を行なったことにある。
金を蓄積し、ベルサイユ宮殿など、絢爛豪華極まりないものを構築する。民のことは慈しまない。そんな中、アメリカ独立戦争や、飢饉、物価高などにより財政難に陥った王国は民へのさらなる課税を目論む。しかし、これ以上の増税に耐えられないと怒り狂う平民がバスティーユ監獄を襲撃し、それが平民に長らく蓄積した不満に点火して爆発し1789年に革命が起こった。

平民VS貴族という構図の中で、すぐ数に勝る平民側の階級闘争が起こるフランスは、今はその構造が、平民VSエリート層に変化しただけの話で階級闘争であることには何ら変わりがない。
それは、貴族に代わって今の国を動かすのはエリートであるからだ。

ブルジョワは平民であるが、金持ちだから、平民の最上流であり、格差以外の何者でもないとみなされている。そして、ブルジョワから輩出されるエリートは特に「共和制の貴族(aristocratie républicaine)」などと言われ、良い学校に行き、とりわけ政治家や高級官僚として国を動かすコースを歩む。

シャルル・ド・ゴール将軍は、貴族の家柄で、軍人から大統領になったから別。サルコジはハンガリーやユダヤ移民の平民でしかもパリ第10大学という非エリートコース叩き上げで、この一種の親しみやすさや普通っぽさが、当初彼の人気の一つであったように別。
ザ・エリートは、その後の、社会党のオランド・そしてマクロンである。彼らは、平民の上り詰める極致にある人間である。

だからそもそも、労働者層の平民から暴動を起こされ退陣を求められているマクロンは、生まれをして、ある意味中下層の平民から逆差別されて嫌われるプロフィールを持っている。

完全なエリート社会にあるフランスにおいて、普通の平民はこのÉlitisme(エリティスム・エリート主義)を嫌っていて、簡単な感覚で言えば、ブルジョワやエリートは「ブルジョワでエリートのあいつに何がわかる」という眼差しで、大多数の市民から常に見られているのである。

そして、元祖フランス革命と似たロジックで、「もう増税などしてくれるな。共和制貴族の野郎ども」と黄色いベストが起こり、それが終わらない。

もう王政の時代ではないのに、こういう階級闘争の構図が常にフランス社会に内包されている。

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