トリエステの海

トリエステの海はアドリア海である。
水は透き通っているが、南大西洋や南太平洋のようにコバルトブルーという訳ではない。
所謂リアス式海岸というもので、海の傍の街は坂がきつく、山がちである。

トリエステ市街は港町であるから、海水浴は隣村のMiramare(ミラマーレ)で満喫することになる。
ここまでは市バスが20分程度で運んでくれる。

海岸は小さくとも2メートル四方はありそうな、ごつごつとした岩場であり、砂浜はない。
ビーチ遊びはできない代わりに、体は砂に汚れないで済む、大人な海である。

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遠くのトリエステ市街は、肉眼でみれば、海の外れにオレンジ色の色彩を放っている。

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しかし、ヨーロッパ人は老若男女が海を楽しむ。
枯れた翁も、男の目の保養の役割を終えた嫗も、子供や若者に混じって泳ぐ。

日本人がサーフィン馬鹿でもなければ、中年で海遊びを遠慮するのとは精神性が違う。

ところでこの海に高波はない。
湾であるから波は穏やかで、波の音は、ただ、海岸へ緩やかにぶつかる時のちゃぽちゃぽいうものだけである。
だからサーファーもいない。

僕がイタリアというより、世界で一二番を争う美しい海岸だと思っているのは、リグーリアのチンクエテッレである。
狭い海岸に5つの(チンクエ)陸(テッレ)があり、そのどれをとっても美しい小湊では、何もせずにいるだけで心が豊かになる。
海は見事なエメラルド色をしている。

それと比べたら他のどの海も敵わないが、海のないパリにいる僕にとっては、海があるだけで十分である。

海パン一丁で太陽を浴び海に浸かる幸せ。

実は夏の海だからといってヨーロッパのどの海でもこれを味わえるという訳ではない。
ブルターニュの海なんか、8月だというのに冷たくて入れたものではない。
フランス人でも夏に「海だ!」といって涼しい格好でブルターニュやノルマンディーに行って寒さにやられてしまう人もいるぐらいだ。

だから海に行くにはどうしても南の海でなくてはならない。
やはり北は寒く悲しいのである。

トリエステの海は十分に南国であり、切り立った熱海のような街と、伊豆のような海の色は、沖縄ほどの常夏の熱狂と色彩美を帯びていないにせよ、慰みとしては足りている。

海に入れば目に見るよりもさらに波はなく、岩や石ころの上に立つなり、岸壁に腰掛けるなり、温泉に浸かるようにして海の香りや海原の圧力を楽しむことができる。

海水の味は塩がまろやかで、従って浮きやすい海ではない。
穏やかなアドリア海らしい味付けである。

不思議だ。
フランス語で海はLa mer(ラ メール)で女性名詞だが、イタリア語ではIl mare(イル マーレ)で男性名詞である。

海は女に模されがちであるが、イタリアの穏やかで太陽に照り輝く海の方が他の海よりも女らしいと思うのは気のせいなのであろうか。

日本海は絶対に男である。しかし、アドリア海は絶対に女である。

Il mareは不思議だと思いながら、アドリア海に浸かっていた。

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