ノートルダム炎上 〜ノートルダム一件に見る、現代フランス人の社会と精神性〜

フランスの歴史学で、最近、戦時下にあったりしてもたくましく生きる普通の人々を描く試みもあった。確かに「戦争!」というと、もちろん戦時下の暮らしとなるわけだが、一事が万事、平時の暮らしをやめるというわけではない。

一事が万事イメージで物事を捉えてしまうと、現実と脳内イメージが乖離し、どんどん物事を見誤ってしまう。

たとえば、戦時下でも、人は料理をする。飯を食う。デートをする。僕の身内もそうだったが、そんな時でも子作りする。酒を飲む。笑う。いろいろな平時と変わらぬ人々の暮らしがある。
そういう戦時下にある当たり前の日常を捉えたのが、最近ヒットした「この世界の片隅に」なのではないだろうか。つまり、戦時下といえ、何もかもがダークで、人が心から死んでいるというわけではない。人間は愚かかもしれないが、そんなにやわではない。

そして、人間というものは、耐性をつける生き物なので、社会的な苦痛や悲しみや恐怖に対しては、ある程度鍛え上げられてしまう性質がある。

一例を挙げる。

僕は、日本では両国に住んでおり、近所には関東大震災と東京大空襲の死者を悼む東京都慰霊堂がある。そして、両国は両方で大被害を被った町だから、さも東京都民は震災でも空襲でも、みんながみんな困り果てた暮らしになったに違いないと、全てを闇であるかのように捉えがちである。
しかし、ある日、まだ生きている親戚の古老に、東京大空襲はさもひどかったでしょうなどと言ったら、実はそんなこともない。と反論された。
曰く、常に空襲慣れしていたから、頻繁にある東京空襲を然程大事とは思わなかったそうである。
そして、牛込に住んでいたこのおじさんたちからすれば、3月10日の大空襲はどうということもなく、むしろ5月25日なんだよ。と教えてくれた。

僕は今のところは、歴史を学問していながら、3月10日の東京大空襲=東京全部がカタストロフに陥って、機能不全になり、万民が万民逃げ惑ったというイメージになってしまっていたから、反省しきりである。

戦時下の日本人たちも、それは普通以上に死と隣り合わせになるし、人の死にも出くわしたり、死体を見たり、自分が死んだりしたわけだが、平時の暮らしにそういうものが加わったと考えた方が良いのかもしれない。

最近のフランスも事件が多いゆえに、こういう一事が万事「パリは大変!」のイメージで見られることが多いのではないかと感じる。しかし、立て続けにテロや様々の難儀を経験している今のフランス人たちは、天変地異と隣り合わせの日本人よりタフではないが、そこそこのタフネスを身につけていると思われる。

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