フランスのお家芸としての階級闘争と日本 〜21世紀前半のフランス暴動の時代に〜

フランス人の革命気質

半年前から続く、毎週土曜日の黄色いベスト運動はとどまることを知らない。
最初は燃料税反対のデモであった黄色いベスト運動も、今や大統領反対運動に性質を変え、来たる欧州議会選挙での反大統領派への共闘の呼びかけが盛んである。

多くのフランス人が、「暴動や革命は我らの伝統」と言うが、確かにフランス革命以後、定期的にフランスでは暴動が起き、それは時に、政権を転覆させた。

フランスの革命といえば、1789年にルイ16世とマリーアントワネットがギロチンされた例のものが印象に強い。
しかしフランスの革命は何もそれだけではない。

王政復古したが、シャルル10世が倒された1830年の7月革命。その後に樹立されたオルレアン朝のフィリップ1世が倒された1848年の革命などがある。

旧体制を倒して新政権を樹立するという転覆構造ではなくとも、1968年の5月革命など、平民層の暴力・破壊活動で政権が大打撃を被り、政策の撤回、あるいは平民層への際限なき譲歩をした歴史もある。

今回の黄色いベスト運動も、貴族でもなければブルジョワでもない、怒り狂ったフランスの平民たちが暴動を起こして大統領の増税政策を撤回させ、歩み寄らせたという点で、それと同質である。

・階級闘争としての革命

革命というのは、フランスが世界に先駆けて成功させた、階級闘争に他ならない。
日本と異なり、フランスの王政の失敗は、王家と貴族が富と権力を独占し、自分たちだけが免税と年金を貪る唯一の特権階級として、平民に圧政や専制を行なったことにある。
金を蓄積し、ベルサイユ宮殿など、絢爛豪華極まりないものを構築する。民のことは慈しまない。そんな中、アメリカ独立戦争や、飢饉、物価高などにより財政難に陥った王国は民へのさらなる課税を目論む。しかし、これ以上の増税に耐えられないと怒り狂う平民がバスティーユ監獄を襲撃し、それが平民に長らく蓄積した不満に点火して爆発し1789年に革命が起こった。

平民VS貴族という構図の中で、すぐ数に勝る平民側の階級闘争が起こるフランスは、今はその構造が、平民VSエリート層に変化しただけの話で階級闘争であることには何ら変わりがない。
それは、貴族に代わって今の国を動かすのはエリートであるからだ。

ブルジョワは平民であるが、金持ちだから、平民の最上流であり、格差以外の何者でもないとみなされている。そして、ブルジョワから輩出されるエリートは特に「共和制の貴族(aristocratie républicaine)」などと言われ、良い学校に行き、とりわけ政治家や高級官僚として国を動かすコースを歩む。

シャルル・ド・ゴール将軍は、貴族の家柄で、軍人から大統領になったから別。サルコジはハンガリーやユダヤ移民の平民でしかもパリ第10大学という非エリートコース叩き上げで、この一種の親しみやすさや普通っぽさが、当初彼の人気の一つであったように別。
ザ・エリートは、その後の、社会党のオランド・そしてマクロンである。彼らは、平民の上り詰める極致にある人間である。

だからそもそも、労働者層の平民から暴動を起こされ退陣を求められているマクロンは、生まれをして、ある意味中下層の平民から逆差別されて嫌われるプロフィールを持っている。

完全なエリート社会にあるフランスにおいて、普通の平民はこのÉlitisme(エリティスム・エリート主義)を嫌っていて、簡単な感覚で言えば、ブルジョワやエリートは「ブルジョワでエリートのあいつに何がわかる」という眼差しで、大多数の市民から常に見られているのである。

そして、元祖フランス革命と似たロジックで、「もう増税などしてくれるな。共和制貴族の野郎ども」と黄色いベストが起こり、それが終わらない。

もう王政の時代ではないのに、こういう階級闘争の構図が常にフランス社会に内包されている。

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メーデー&黄色いベスト!〜パリのおまわりさんの友人に聞くデモ〜

行きつけのバーで友達になった人に、パリ市警の警察官がいる。

彼は、もともとフォンテーヌブローの出だが、彼女を連れて、Uターンしてフォンテーヌブローに戻ってきた。この彼女が日本趣味の人で、話し出したら止まらない。

今の勤務地は、ムーランルージュ近くのピガルの警察署で、おまわりさんをしている。

ピガル地区は、モンマルトルの坂を下ったふもとであり、一大売春地帯で、薬物の溜まり場であり、歌舞伎町をイメージすればいいかもしれない。

「眠らない街」的なエリアである。

さて、異動する公務員というのは、良くないところから良いところへというのが、フランスの通常である。学校の先生も、若手は治安も悪ければ学力も低い貧困地区の学校に配属される。

警察官も同様で、危ないところからキャリアが始まり、キャリアの終盤になって希望すれば、落ち着いた比較的楽に働ける地域へようやく異動できる。

僕からすれば、ピガルの警察署は歌舞伎町所轄の新宿警察署みたいな感じがして、物騒そうであるが、彼曰く本当に危ないのはパリ郊外の警察だという。

彼は、去年の12月に犯人取り押さえの際、背中の同じ場所を続けざまに2度怪我し、ただいま半年の休職中で、いつも僕と同じバーに飲みにきている。

そして、「ウー 🚔 🚨」とはやってくれないが言葉数だけは柳沢慎吾級の彼と意気投合し仲良くなった。

憲兵の友達はいるが、警察官は初めてなので、警察のこと、黄色いベストのことやフランスのデモのことなど色々聞いてみた。去年の末に、休職するまで、黄色いベストにも毎週出動していたほやほやのおまわりさんである。

フランスの警察官も大変なようで、彼曰く、去年2018年は運良く殉職者がいなかったものの、フランス全土の警察官で、年間35件の自殺があったそうだ。どれほど警察官の仕事が精神をすり減らす大変なものか、うかがい知れる。

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パリの街並みが残されたわけ 〜その偶然と必然〜

奇跡としてのパリの街並みの古さ

パリ以外のフランス人は、得てしてパリを嫌う。若い時は学業や仕事のために、パリに出てきても、30あたりでパリから地元へUターンしたり、もう住みたくないと地方都市へ出て行く人は多い。確かに、一定年齢に差し掛かったら、パリに住むことは相当疲れるはずである。

日本人には意外に思われるかもしれないが、パリの悪口をフランス人に言わせたら、それは凄まじいものになる。

「パリに住んでいる私が好き!」という類のナルシスティックな自己陶酔に入っている人でなければ、パリのことは大体の人が、好きではないと思われる。

しかも、昔からのパリジャン・パリジェンヌも、昔のパリはこんなにせかせかしていなかったし、もっと良かったと口を揃える。曰く、どんどん生活の質や、パリに住む人々の気質が悪化しているそうだ。昔はパリの人々も、すれ違いざまに、Bonjourなどと挨拶し、にこやかで、ゆっくり歩いていたという。僕からすると信じられない話である。

僕もパリからフォンテーヌブローに越す時に、南仏出の友人から、フランスはパリだけじゃないから、本当に違うところも見て欲しいと歓迎されたものだ。

ただ、夜遊びとイベントごとだけは、やはり大都市だけにパリは楽しい。生きづらさか夜遊びか、どっちを取るかだ。

あと、最近はパリから距離を取っているだけに、僕もパリをうろつくとお上りさん気分になり、アートなどパリはやっぱり面白いところもあるんだなと再確認した。中に6年もいると気づかない。

田舎は、夜遊びのバラエティに富まないからこそ、みんな同じお気に入りのバーの馴染みになる。僕は、最近フォンテーヌブローで行きつけのバーを介して友達ができてきているが、パリの人付き合いは表面的だから、田舎の人の方が、溶け込んでしまえば、家に呼んでくれたり、密な人間関係になれる。それはそれで、人間的で良い。

ここ、フォンテーヌブローの若者たちも、いろいろ話しているとパリを嫌い、逆に郷土愛に充ち溢れている。そして、若者の中核は、30前後のUターン組が圧倒的に多い。

これまたUターン組の、30代の行きつけバーのマスター2人は、パリには片道1時間でいけるのに、年に3・4回しかパリへ行かないし、パリが嫌いだと言って憚らない。

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ノートルダム炎上 〜ノートルダム一件に見る、現代フランス人の社会と精神性〜

ノートルダムが燃えた。

並ぶのが嫌いな僕は、ノートルダムに入ったこともなければエッフェル塔に登ったこともない。
ただし、年がら年中そこに当たり前にあるものが無くなるというものは、いささか無常を感じさせる。

さて、世界中をこのニュースが駆け巡った時、FacebookなどのSNS上では、様々な人がノートルダムの行く末を見守り、世界中の多くの人が、これに関心を抱いていた。
何かノートルダムに思い入れがあるような人は、尚のことである。

しかし、テロの時もそうであったし、黄色いベスト運動にせよそうであるが、事件や社会的に大きな出来事があっても、それと同時に、人々の普通の暮らしは絶え間なく営まれていく。
そして、ある一つの現象を第三者として遠くから見るときに、表面だけを切り取って、さらに適切に表現を試みるなら、切り取られた表面だけの情報で、ある出来事の全てを分かった気になってはならないと今回は強く思わされた。

燃えている同時間に、僕はFacebookである面白いフランス在住の知人とやりとりをしていたが、彼は早速、Facebook上で、ノートルダムが炎上したことに対して、ニコニコマークを押したり、書き込みをして喜ぶフランスの人々の現在進行形のリストアップページをシェアしてくれ、僕はこの現象を非常に興味深く感じた。

そして、僕はノートルダムが燃えた15日の夜、行きつけのバーにいた。
そこで僕は、ノートルダムが燃えたということにフランス人たちがどうリアクションをするのか知りたかったから、行きつけの客の女の子とバーテンに、燃えたねと話しかけてみた。しかし、彼らは、さっきからテレビの何をつけても、そればっかりで嫌なことと言い始めたのである。そして、テロ説を唱える人も当初はいたから一笑に付していた。

この白人フランス人2人は、ノートルダムが燃えたことへの無念さえ示さずに、僕と淡々と楽しく飲んだのである。

2回目のテロの時は、さすがに人が死んだり、火災ではなくテロというものであっただけに、流石に社会がどんと暗くなったが、今回のノートルダムの一件では、そこまで、パリやパリ近郊がどんよりした空気になったとは思えない。

無論カトリックの人や教会芸術の愛好家からしたら、悲しい気持ちになるであろうが、市民の多くが、落胆の顔すら見せず、通常運転の日々の生活を営んでいる。

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日本学を学ぶフランスの生徒たち 〜日本趣味かオタクか、あるいはホモか〜

・ある女学生の涙

ある1年生の女学生が、家族に日本学科に在籍し続けることを反対され、今年を限りに辞めざるを得ないかもしれない、ということを泣きながら相談してきた。

特にお父さんから、何にもならない日本学をやるよりも、法学や経済学など将来的に就職しやすい学部へ転科しろと命令が下ったと言う。

そこで僕は、「父君の仰ることは、半分正しい」と答えた。

そして、授業でも折に触れて言っているが、改めて、以下の2点に関して話をした。

1. 日本学の学士号など、就職に際して何にもならないということ。もし、日本学者で食っていこうと腹に据えているなり、人生を通して日本に仕事で絡んで離すまいという覚悟がないならば、失業一直線であること。

2. 日本語を勉強したり、日本に関わっていくアクセスの仕方は、何も日本学科だけではないということ。語学学校や日仏交流のアソシエーションや、パリ日本文化会館のイベント、ワーキングホリデーなど、日本という外国への関わり方は様々であり、趣味レベルならそれで十分であるということ。

ということで、将来フランスで普通に仕事にありついて、同時に大好きな日本文化にも触れたいという2つをゲットするなら、やはり、法学や経済学などの実学を修めないと、この社会構造の中では立場は弱くなる。これは日本と同じ。

2019年で8.8%の失業率。2018年11月で25歳以下の21.8%が失業しているフランスである。
仕事があると言っても、55%は非正規雇用だから、こんなフランスにあって、ビジネスライクな学問を修めないということは、自分から社会の弱者になろうとするようなものであると、残念ながら言わざるを得ない。

僕も史学に進むと決めた時は、いわゆる企業のサラリーマンにはなれないし、なりたくもないと決めてかかったものだが、史学科へ入るのも、ただ歴史が好きで、などという理由の場合、就職には大不利で、大変なことになる。

かつてパリ第七大学で、フランス史の学士課程を聴講して、友達ができたが、その界隈で、卒業後に正規の職業についている人間など皆無で、せいぜいいいところ、中学の代用教員や、史資料保全の契約公務員などである。
歴史学も実学でないから、失業一直線。

もちろん、法学や経済学を、学部レベルで修めたところで、学問をしたとは言い難いし、人の頭がいいか悪いか、人格が良いかそうでないかなどは、修める学問により変わるわけではない。

しかし、日本においてもフランスにおいても、社会の構造が、非実学を必要としていないのだから、その本質の無意味さを突いて、社会を変えていかない限り、当面は学位のために就職のし易さに差が出るのは、仕方がない。

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なぜにフランスでは精神病が多いのか 〜4人に1人が精神病のフランス人、陰と陽・チェットかシナトラか〜

フランス精神病者の割合

フランスで、精神病のことについて考えさせられる出来事に遭遇し、これを機に、フランス人の気質(南仏人を除く)は、どうしてこんなにも根暗で、陰気で、精神病の人が多いのかということを、ちゃんと調べて、自分なりに分析してみる気になった。

確かに、私の周りを見ても精神病の人はままいる。
大学の先生方に聞いても、Fragile(フラジール)な人がフランス人には多いということを聞くし、現に生徒と接していても、極めて精神的に弱い人が多いのは見て取れる。これに、対応することもある。
そして、生徒のみならず、フランス人の先生方の中にも、医者から処方された向精神薬を飲まないといけないことを公言する方も多いと、ある先輩教師が言っていた。
精神病で授業中に発狂したり、休職した人も知っている。
また精神的にキテいて薬を飲んでいることを公言する人も多いことから、なんとなく考えるに、フランス人は睡眠薬とか抗うつ剤を飲むことを普通とするきらいがある。

また、悲しいことに、いた世界が悪かったばかりに、ゲイ差別とアジア人ハーフ蔑視を苦に、公言してMDMAを常用していた、僅かばかりの仕事仲間の、躁鬱病でゲイの知人が本当に自殺してしまったこともあった。
僕は自然物のマリファナならまだしも、化学物質の麻薬はやめたらと数回言ったし、なんとかいろんな人に尋ねて、二丁目かなんかのゲイバーのマスターあたりで働けるようにしてやるから心配すんなと何度か打診していただけに、運命とはいえ、今でもこの二十歳で散った知人を思い出すと、儚い気持ちになる。
そして、今もうつ病の自殺願望者も知っているし、精神病の生徒も数名いる。

無論、日本とて例外ではない。現代日本社会においてはうつ病の人も多いし、自殺も多い。
これは、日本人本来の楽天的な浮世の性質を、モーレツ社員とか、社畜とか体育会系礼賛みたいなものに代表される近代化の歪みが、日本人の本質を圧迫していることが原因に思える。

それにしても、フランス人は何か闇を抱えていることが見え見えの人が実に多い。

アルツハイマーや精神病など、脳系とされる病の専門機関が連合した、ちゃんとした医学機関たるフランス脳研究連合は、フランス人の4人に1人が精神病という分析を出している。
こんな権威にこれを提示されたら、フランスが陰気な国であることに納得せざるをえない。

心の病は、4人に1人、フランス国民の27%に降りかかっており、そのうち75%が、25歳以下で発症しているという。

彼らの定義する、精神病の種類は、大きく、境界性パーソナリティー障害・統合失調症・双極性障害(躁鬱病)・強迫性障害・自閉症。
自閉症は25%が子供の頃に発症すると書かれているものの、日本人の感覚からすると、精神病というより知的障害な感覚がしてしまうのが否めない。
精神病を引き起こす原因としては、ドラッグやアルコール、金銭事情などがあるという。

これだけ精神を病んでいるフランス人が多いのは、こちらに住んでみれば、一目瞭然である。


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フランス人の礼儀 〜わたしと・犬のアレと・生徒と。みんな違ってみんなイイ?〜

けだし、フランスは、不潔において欧州の覇者である。不潔王。

犬のフンを見ること、日本にして稀なら、フランスで見ない日はない。
地方都市でもパリよりマシとて必ずある。
パリなんか数メーター置きに、犬のフンである。
昔のパリを知る人は、これでもマシになったというが、昔はどうなっていたのか。
おぞましい。

おかげさまで僕は、こちらでは日本とは歩き方を変えている。
日本同様背筋を伸ばし、しかし、首は少し下に下げ、目線を3メーター先の道路に落として歩く。どれだけの人間を、犬のフンを踏むことから救ったか。

もし、フランスで犬のフンを踏ませないガイドの資格があるなら、僕は一発合格する。

パリで、建築なんぞに目を奪われて、例の歌のような心境になったなら、
「上を向〜いてあ〜るこ〜う。涙があふれ〜。ヌル。あ。踏んだ。」の世界である。興ざめの甚だしきこと。
あの歌は日本だから、最後まで上を向いて歩き、歌い終われるのだ。

しかし、フランス人は実に趣味が良いから、チョコレートのような色合いが好きなのだ。
茶色いものを踏み、その靴で室内を歩き、塗っていくことが、グルメと自称してやまない彼らの何よりの至福である。ヌテラやマロンクリームをパンに塗ることと同じなのである。
ローストされたカカオ豆のごとく、屋内が何だか香ばしいというのは、彼らなりの最高級のオシャレであり、このセンスに感服する。

そして、この国では、チョコレートには、ウヰスキーではなく、貴腐ワインが合うらしい。この黄味がかった液体もまた、道やメトロにたっぷりと撒かれているから、かほりをもたらす。

また、フランス全土、どの道や草むらにおいても、眼下を見下ろせば、吸殻が落ちていないことは、あり得ない。外で目を落として吸殻がなければ、それは、宝くじに高額当選するより稀なことである。
街には日本以上に灰皿付きのゴミ箱が溢れているのに、なぜに吸い殻やポイ捨てが多いのかと、その汚らわしいことには、閉口する。

フランス人にだけは、デカイ顔して、環境問題を口にして欲しくない。

日本は徳川綱吉公が、江戸から野犬を減らし、クリーンな国づくりを志されて以降、清潔になり行き、今では、日本ほど清潔な国はない。私も下を見ないで歩ける。

私が愛してやまない、欧州の麗しき国、イタリアをしても日本よりは汚い。

嗚呼。どこに行こうとボンジョルノとチャオの嵐で、礼節高く、ファッションセンスもピカイチ。気質は明るく、美女は多く、自称ではなく本当に美食。
そして、太陽に溢れるイタリアをこよなく愛し、イタリアとは無条件に波長の合う僕をして、歴史学・日本学のために、この不潔で根暗の国に身を置いているのは、前世の業か何かに違いあるまい。
無実の人でも斬ったのだろうか。

ここに、改めて、前世の業悪を清め払わんことを、神仏に乞ふ。

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パリ VS フォンテーヌブロー (3) 〜行きつけ開拓。やっぱり音楽!伝説の世界的ギタリストのひ孫発見〜

街の中心にある飲み屋街から自宅までは徒歩3分。
そして、何せ軒数が少ないのだから、反復して開拓するのは簡単である。

僕はどこに行こうとも唯一のアジア人であり、下手をすればただ一人の外人だから、一発で顔は覚えてもらえる。そういう意味では、この街で、目に見えて異質な外人であることはアドバンテージかもしれない。

さては、行きつけ一軒め。
木目と石壁のコントラストが絶妙の、激狭おしゃれバー。
ここには、カウンターがあり、清潔で、地下にはカーブ(洞穴的地下室)がある。

ビールとカクテルの値段も適切。
ここのオーナーマスターは30代ぐらいの男二人で、ニコとケビンという、人柄もいいし、極めて優しい女性的なマスターだから、ゲイかバイかも知れない。
かといって、客層は、そういうことはない。

小洒落た店だから客層も小ぎれいな若者か中年層が多く、いい雰囲気である。

ここでは、月に一度、フォンテーヌブローのギター学校が主催する、ジプシージャズのジャムセッションがある。
ここに行ってみて、歌い手は僕しかいなかったが、セッションをさせてくれた。

All of meという、ジプシージャズでも良く演奏されるジャズのスタンダードを奏でている時に、「お前入ってこい!」と、ギターの若校長。

音楽は人と人とのバリアを一気に取っ払う。

校長がノってきて、もっと歌えと3曲も歌わせてくれ、僕はジプシージャズは今まで未知の領域だったが、いいものだなと感じた。
歌っていうのはスパイスとしていいもので、インストゥルメンタルばかりのライブで歌が入れば、メリハリがつくから歓迎されることも多い。

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パリ VS フォンテーヌブロー (2) 〜本格始動、即エンスト!夜遊び in フォンテーヌブロー〜

1. フォンテーヌブローの酒場 VS パリの酒場

フォンテーヌブローの夜遊びは、パリから比べると夜遊びとは言えない。
明かりが少ない。城の横の大通りに数件、横丁に十数軒、以上。

そして、この塩梅であるから、バーのジャンルが乏しい。

ざっとの概要は、
フォンテーヌブローなのに、誰に対しても店員の感じがすこぶる悪いアイリッシュパブが一軒。
ビリヤードバー一軒。
ライブハウス一軒。
激狭のおしゃれバー一軒。
昔ながらのディスコがビストロに併設されている古いバーカウンターを備えた一軒。
中央の安めのホテル地階の、イカさないビールバーみたいなのが一軒。
夜9時には閉まりそうなビストロ兼バーのようなのが一軒。
交差点横の、テラスが売りの、軒を並べた3店舗ぐらいのビストロ兼バー。
店員がパンク系のおばさんなのに、内装が日本のスナックみたいなキッチュなバーが一件。
あとは、裏通りにポツンとあるビール専門バー。
僕の家からは行きやすいサイドの、街はずれだが時折ジャズをやるチェーンホテルのバー。
クスクスレストランがジャズバーと謳っているが、毎日はライブをしていないし、街はずれすぎて気軽に行けないものが一軒。

他にももう少しあるが、どこも似たようなもので、こんなものである。

週末に1時を超えて深夜営業をするのは一軒のディスコ併設ビストロバーのみで、それ以外の飲み屋は全て週末でも1時に閉まる。

この街に欲しいもの。

本当のジャズバー。タパスバー。ワインバー。少しハイソな面々も来るようなパブ。
おしゃれなナイトクラブ。内装がエレガントで、カクテルが美味しい、本物のバーテンダーのいるバー。
頼むわ、ほんと。

そして、バーに目立つ客層はいくつかある。

夜ともなれば、フォンテーヌブローの人ではないと、身なりや所作言動ですぐにわかる近郊からのガチャガチャ系の若者たち。
主としてライブハウスにいるアメリカ南部で、ハーレーに乗りそうな、ロン毛ピアス革ジャンのオヤジロック軍団。
ハイソ風のな若者だけど、決して他とは交わらない雰囲気の小グループ。
若い女子会。
これが一番多いか、男少人数の野郎組。
時折カップル。

一人飲みは、あまり見ない。

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パリ VS フォンテーヌブロー (1) 〜ナイトライフかQOLか、無い物ねだりおじさんが語る〜

1.フォンテーヌブローの香り

フォンテーヌブローは、ルイ6世が創建し始めたと言われるフォンテーヌブロー城を中心とする世界遺産の街である。ルイ6世は1108年の生まれだから、日本は平安時代、奇しくも源氏物語絵巻の完成と同い年になる。

周りは全く森林で囲まれている。電車でも車でも、街を出ればすぐに王族の狩の名所であったという森になる。

しかし、フォンテーヌブローは、世界遺産だと言っても、名高いお城があるぐらいだから、歴史的に重要な場所というだけで、住む分には然程この肩書きに対する感嘆はない。

大国の覇権争いと、それにおもねりたい国々の駆け引きの場、あるいは偽善に満ち溢れた言説で溢れる国連というものにシンパシーのない僕は、近年は様々な自治体の観光誘致のブランド、あるいは政治的な駆け引きの正当性をつけるための肩書きとして世界遺産が安売りされればされる程、「世界遺産」というタイトルが陳腐化するのを感じている。

もちろんその中にも、実に、人間の歴史として共有すべき素晴らしい古文書などが含まれていることは言うまでもない。そして、原爆ドームのような絶対に忘れてはならない遺産もある。

しかし、観光目的に闇雲に申請されて通ってしまったような場所が多くなれば多くなるほど世界遺産は陳腐化するし、記憶遺産はデタラメの可能性が高く、かなり胡散臭い。

国連が認めることが何でも正しくて、何でもすごいと決めかかる単純な発想ではなく、こうして「国連認定世界遺産の街フォンテーヌブロー」の現実を、自分の目で見て、肌で感じて、歴史の香りを嗅ぎ取ってみたいと思っている。

僕はよそ者であるし、そうやって斜に構えて、距離をとってフォンテーヌブローを見ていくと、やはりこの街には、上流階級が住んできた香りを感じる。

それは、昼と夜の街の雰囲気から分かる。「小ぎれい」を基軸にこの街は回る。

平日朝、スーツとまではいかなくても、小ぎれいな格好をした会社員たちが、バスに乗り、国鉄の駅へ出、列車に乗りパリを目指す。

その間はといえば、中央のナポレオン広場には子供連れのお母さんたち。街には、これまた小ぎれいに着飾ったおばあちゃんたちがカフェを楽しんでいる。商店街にはまばらに買い物へ行く人々が出るぐらいで、平日ともなれば閑散としている。

しかし、閑散と言っても、ここは世界的に有名だと言うMBAスクールのINSEADが森のすぐそばにあり、インターナショナルスクールもあるから、中高生、大人な学生達も多い。

学校が昼時で終わる頃には、学生がどっと街に出てくる。

夕刻にパリから列車に乗れば、フォンテーヌブロー以外の駅は、所得の低い移民層が多いから、白人で小ぎれいな服装の人がほとんどフォンテーヌブローで下車する。

フォンテーヌブローは、四方の森を境界にした隔離空間のような街だなと感じる。

駅で降り、バスを待ち、中央へ帰る。あるいは駅に留めた車で家路につく。

こうして、日が落ちる頃には、アフターで、その小ぎれいなブルジョワの老若男女が繰り出してアペリティフなんぞをカフェで楽しんでいる。

INSEADでMBA取得を目指す世界各国の裕福そうな学生達も、群れをなしてアペリティフをする。街の中央の商店街には、主婦達が夕餉の買い物に出てくる。

火曜と金曜と日曜なら、朝から13時ぐらいまでは、ナポレオン広場に近隣でも名高いマルシェが立つ。とはいえ、平日のマルシェは活気がなく、日曜は方々から車で来る家族連れなんかもいて、賑わいが増す。

単身者の僕は、男1人で買い物に行くわけだが、よくよく考えると、買い物をしているのは、ほとんどは、主婦かおばあちゃんか、僕と同じぐらいあるいは30歳は超えていて、子供がいるような、落ち着いた壮中高年のカップルぐらいのもの。

すなわち、ここは単身者向けの街ではないのである。

そう見えているだけかもしれないが、若い女の単身者はこの街にある程度はいる。

きちっとした女なら普通は男より精神年齢が高いから、落ち着いたこの街を選び住み着いた、小ぎれいで若い単身風の女性達がこの街には見受けられる。

でも、単身者風の男というのはほとんど見受けられない。

買い物して料理して洗濯してアイロンかけて掃除して、仕事か遊びにパリに登り、あとは大体家で論文を書くか、時折近隣までジムに行くという、やもめジジイかオカマみたいな生活をしている僕のような男はそうは多くないらしい。

変に女子力ついたかしら。

とはいえ、ついこの間までは、僕もパリで毎晩飲みに繰り出す類の男だったのだが…

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