パリの街並みが残されたわけ 〜その偶然と必然〜

・それでも、パリが好きな人なら考えたいフランスの歴史

ネオナチというように、支持者は隠れて大量に存在するのだが、ヨーロッパにおいては、120%全力で非難し、罵らなくてはいけない人として、ヒトラーというのがいる。
そして、ムッソリーニもそれに準じる。

フランスで、ヒトラーに軽く準じるのがペタンというあまり日本では聞かないであろう人だ。
実はこの人こそが、パリの破壊を防ぐ重要な決断を下した人物である。

ヨーロッパでヒトラーが無条件に非難されるのは、もちろんユダヤ人のホロコーストにある。

ただし、ヒトラーがいきなりユダヤ人を目の敵にする発想になって、ホロコーストを一人で実行したのではない。

当時のドイツにもヨーロッパ全体にも、昔も今も、ユダヤ人を憎む非ユダヤ人はたくさんいて、こういう人たちのユダヤ憎悪が、悲しいことにヒトラーのホロコーストを助け、達成させてしまったのである。

史実としては、社会派のフランス歴史映画などで描かれるように、実はフランス人もユダヤ人が嫌いだから、多くのフランス人が喜んで、ユダヤ人をドイツ兵に密告して収容所送りにしたり、ドイツに協力した事実がある。それでいて、戦後は一気に、みんなでアンネフランクのために涙するように、我々はユダヤを愛する善人だったのだというような演技をするから、考えさせられてしまう。

また、今やフランスはドイツに対抗したレジスタンスの国の戦勝国として扱われるが、フランスは厳密には戦に勝ったわけではないし、圧倒的多数の人間はレジスタンスではなかった。

現代において、第二次世界大戦の責めは欧州においては、すべてヒトラーと、ナチスドイツとその協力者へ向かい、それ以外の国や人々は被害者で善であるかのような歴史になっている。

歴史というのは、後の権力や人間たちにより「こういうことにしておきたい」、「こういう風に思いたい」ということや、権益のために捏造されることが多い。

広島長崎もアメリカからすれば「日本との戦争を終わらせるために必要だった」という歴史になる。しかし、そんなことをしなくても、無差別に一般市民を殺した明らかな戦争犯罪の空襲も行われ、それで十分広島長崎ぐらいならやれたはずだし、あれは、有色人種に対する蔑視も入った、科学技術のテストの一面もあるわけだから、そういうご都合主義で美談的な捏造の歴史が作られ、みんながそれを妄信するというのは、いただけない。

とにかく、世の中の歴史というのは相当眉唾のものが多い。

だから、フランスはレジスタンスで、みんながドイツに対して抵抗し、最終的に勝ったとなっているのだが、実はそれはかなり盛られた話である。

確かにドイツの占領下においては、正規軍は降伏したので、抗戦を主張するシャルル・ド・ゴールが自由フランス軍を指揮した。そして、本人はイギリスに亡命し、自由フランスという亡命政府を樹立した。フランス国内でも、レジスタンスの軍人や部隊がたくさんいて抗戦したのは事実だが、ドイツが連合軍に押されて1944年の8月25日にパリを放棄し、北部へ退却を始めるまで、実質的には、フランスのレジスタンスの軍はドイツに勝っていない。

そして、フランスに舞い戻ったシャルル・ド・ゴールが、連合国の認証のもとに、ドイツの息がかからない正式なフランス政府を発足させるのも8月31日なのである。

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