イタリアからパリへ戻れば

パリへ戻る。

すると、パリが極めて特殊な空間であるということに気づかされる。

移民国家としてのフランス、あからさまな人種階級社会、極めて独特なフランス人の気質、目に見えるものの全て、体感するものの全てが、パリらしい。

イタリアの空港に降り立つ。
そして、トイレ掃除のおじさんおばさんが白人であることを意外に思う。
東欧移民かもしれないが、白人である。

フランスでは、まず掃除夫は黒人である。
イタリアもトリエステともなれば、黒人やアラブ人などほとんど見ない。
パリでは、メトロに乗れば、黒人やアラブ人の方が白人よりも多いと感じる。

フランスは移民の国なのだ、ただし、移民は皆社会階級が低く、白人とは交わらないよな。
こう思う。

イタリアでは、店員さんがどこも愛想が良く、「Buongiorno」と「Ciao」で溢れかえっている。
誰に対しても丁寧に接客をするイタリア人。
バスの運転手に行き方を尋ねても、道ゆく人と話しても、全てが親切で、心と礼儀のある対応に抱かれる。
だから、イタリアで、愛想の悪い嫌な奴がいれば、それはそいつが特殊なのであって、例外なのである。
イタリア人はイタリア人の性質のデフォルトとして、根明で愛想が良く礼儀正しく笑顔。というものが設定されている。

フランスで早速スーパーへ行き、ワインの棚の鍵を開けてもらうようお願いする。
近寄って行った時から、露骨に嫌な顔をされ、仕事を頼まれることがさも不愉快で面倒であるという対応をされる。こういうことは、いつも万人に対してそうで、フランス人もそれはフランスだからということで諦めている。

田舎では少々違うけれども、フランスでは、こちらから「Bonjour」とか「Merci」とか言っても無視されて返ってこないことの方が多い。そして、ニコリともしない。

これは、普通、差別ではなく、フランス人の気質や働き方が全般にそうなのである。
「C’est pas ma faute !  セパマフォート ! 私のせいじゃない !」とか「C’est pas mon boulot ! セパモンブロ ! 私の仕事じゃない !」と言うのはフランス人の口癖で、サボタージュと責任回避を常に志す人たちなのである。

フランス人というのは、馴染みの客になったり、友達になれば親身で良い人である。
ただし、親しくならない限りは、礼儀を見せないし、原則的に人に対して心ある応対はしない。スーパーやデパートの店員や駅員などのサービス業従事者は、お客様をもてなすというよりは、客を文字通り「あしらう」ということがメインなのである。

イタリアでは、僕がレジまで来て、自分で野菜売り場の機械で重量を計らなくてはいけないのに、これを忘れた時、レジのお姉さんが代わりに野菜売り場まで行ってやってくれる。
フランスではこんなことはまずない。
嫌な顔をされて、自分でやりにいくのが関の山だ。

だから、フランス人はデフォルトとして、つっけんどんで、笑顔なく、愛想が悪く、根暗で嫌味という性質が備わっている。
これが、家庭がしっかりしている人、すなわち、一神教の問題はあるが、礼儀を厳しくしつけられるカトリックの伝統家庭とか貴族になると変わってくるが、フランスの民衆といえばそんなものなのだ。
その代わり、一度懐に入って仲良くなればとことんハートフルである。友情も大切にする。

フランスに住むということは、笑顔が見えない街で、スーパーや電車といった場所で、友達や仲間以外との日常生活の接点で、小さなストレスをためながら生きていくということになる。

イタリアなら、どんな人とでも、親しかろうと一見の客でも、ほぼ100%、「Ciao」「Grazie」と笑顔で言い合うことで、心に小さな花が咲き続ける。
フランスでは、丁寧に挨拶しているのにまた無視された、また嫌な顔をされた、そういう心の中に砂漠の面積が拡大するようなことが、常に起き続ける。

こういうこともあって、フランスというのは決して住みやすい国ではない。
自分が勝手なことをしていても何も言われないという意味では、自由人には生きやすいが、とは言っても、嫌な思い不快な思いというのは、日常生活において常に感じなくてはならない。

イタリアでは、住めば問題もあるに違いないが、日常生活において、挨拶や礼節において、嫌な思いをすることはない。
フランスでは、これが常だから、逆に、小さなほっこりを見つけて歩かなくてはならない。

私の主というかボスは、私に仰せになられることがある。
「棚から牡丹餅」と言うが、ぬぼっと突っ立っていても、そういうチャンスは巡ってこず、どの棚の下に行けば牡丹餅が落っこってくるかを嗅ぎ分けて自分から動かなくてはならないと。
私はこの拝戴した訓戒を肝に命じている。

フランスでは、このように、誰が雰囲気の良さそうな人で、誠実そうな人で、礼儀正しそうな人なのか、アンテナを張りながら、少しでもストレスを減らして、逆にほっこりとした心の牡丹餅を得られるように、自分から動くように努めなくてはならない。
そうして、牡丹餅が落っこってくれば、珍しくいい人に出会ったと、心の砂漠が少しは緑化する訳である。

しかし、それでも、イタリア人が公共交通の中でもにこやかで親切なのとは違って、フランス人は笑わないし、不親切がデフォルトだから、駅員が嫌な奴一人しかいないなどという感じで、牡丹餅が存在しない場合も多い。

だから、フランスに住むにあたっては、フランス人たちのように、嫌なことをされても、受け流す精神的タフネスがないと住めない。

現代でフランスに住む日本人は、私は運命論者なので、運命の中でどこでどう動くのかケセラセラに考えてはいるが、私のように研究のために来て、こちらで徐々に生活が出来上がってしまったとか、日本に帰るチャンスを掴めないで何十年も居てしまい、今更帰れない高齢の音楽家や絵描き崩れの人や、国際結婚の日本人女性が多い。

こういう人たちは、フランスが盲目的に好きということはないし、美化もしない。
流れでフランス社会の中に身を置かせていただいている感がある。そして、フランスで嫌な思いもたくさんするから、精神だけは強い。
私のように、ニヒルな皮肉屋とかこういう人間は、まあなんとかなる。とは言え、もちろん私はイタリアが手放しで好きである。

では、フランスに憧れてフランスに来る日本人の多くはと言えば、フランスのこの独特な冷たい社会や、ラテン人と比較すれば真逆のフランス人の性質の嫌な面に憧れが粉砕されて精神を病む。
所謂パリ症候群である。
ないしは、フランス語ができないままに、常に日本人を探している、日本人フェチの日本語ペラペラのフランス人や、日本人村に吸収されて、だらだらとフランスに残ることもある。

隣国なのに、ローマ症候群やイタリア症候群があるかと言えば、ないわけだから、いかにフランスが特殊なのかということを、日本人はそろそろ開国150年を経て国際情勢の一つとして知らなくてはならない。

日本の日本人は義理もないのに勝手に知性を捨ててまでフランスを美化するし、観光客というのは、観光しているだけだから、フランス社会や地場のフランス人を知っているわけではない。
反駁として、日本にいる日本語の話せるフランス人を知っていると言うかもしれないが、単なる親日家ではなくて、日本が好きで日本語がペラペラになって日本に住んでしまうフランス人というのは、フランスが馴染まないとか、物腰が嫌に柔らかく、「日本人以上に日本人らしい」とか、生まれながらに母国フランスの水が合わず、日本で水を得ている人が大半だから、典型的なフランス人と言うことはできない。

愛するイタリアから、今の私のベースたるフランスへ戻り、また、つっけんどんな対応をスーパーでされて、笑顔のない人をメトロで見て、嗚呼フランスに戻って来ちまったと、こんなことをあれこれ思うのである。

そして、私は虫が嫌いなのに、苦虫をかみ潰すような顔をしてフランスを歩くのである。
間違いなくイタリアに居るときのほうが、ブサイクでも、私は晴れやかないい顔をしている。
イタリアに居るときのほうが女も来るもの。

もちろんフランス人の友人や、仲間、また、こんなのを国家公務員にしてパリ大学の教壇に立たせて下さっているフランス国家へは深く感謝しているけれども、まあ皮肉の一つや二つ、百や千、いや、もとい。まあ皮肉の那由多不可思議無量大数ぐらいは言いたくなる。
これがセラフランスなのよ。

 

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