スロヴェニア小紀行

トリエステからスロヴェニアの首都リュブリャナまでは70キロの道のりであり、これは、全くパリフォンテーヌブロー間と同じ距離である。

イタリア国鉄も走っているが、倍ほど時間がかかるので、今ではバスで山越えをして1時間30分程で着く。料金は時間や予約時期、混み具合にもよるが、平均して片道2千円程。このバスはマルセイユから連続して走ってきている国際バスで、コート・ダズゥールからリヴィエラ海岸を南下し、ヴェネツィア、トリエステ、リュブリャナを経て、最後はクロアチアの首都ザグレブに至る。

無論そういうバスのことだから、シートは乗り継いだ前の客が使ったままで、綺麗とは言えない。バスだから疲れるし小汚いし、電車にしておけばよかったと思いつつ、車窓を眺める。
トリエステの山をバスが登り、頂きに達すると、スロヴェニア方面を示す看板が現れる。

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その看板には、キリル文字が見え、イタリア語やフランス語では通常使わないKが多用されることから、「スラヴへ向かうのだな」という気が起きる。

山を越える。
トリエステは晴れていたのに、急に曇天である。

天気予報を確認すると、毎日曇りである。山の手前とアドリア海では、山の表裏でこうも天気が変わるものかと感じる。

木々に囲まれた高速道路を走れば、すぐにリュブリャナに入る。
リュブリャナは確かに曇天である。しかし、この曇天はパリの曇天とは違う。
パリの雲は確かに同じような濃い灰色の雲をしているが雲が低い。
そのため、圧迫感があり、より鬱陶しい。
リュブリャナの雲は高いから、太陽のないスキー場の明るさのような白々しさをわずかに保っている。

リュブリャナ駅に到着する。そして、あまりにその駅前が寂しいことに驚く。
首都の駅なのに、日本の田舎の県庁所在地の駅よりも寂しい。

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首都リュブリャナ駅前

道は交通量に比して無駄と思えるほど広く、凍てつくコンクリートの建物が目立つ。
旧共産圏はどこもこういう寂しい建築と広い国道が、我々異国人を出迎えてくれるが、チェコのプラハ新市街の寂しさと比べ、スロヴェニアのそれはあまりに寂しい。

21世紀から取り残されているのに、中世的でもない、共産時代のままの姿。

第二次大戦後西側についたか東側についたかで、ここまで発展具合が変わってしまう。

西ドイツ・東ドイツ、北朝鮮・韓国、たった70キロを隔てただけのイタリアトリエステとスロヴェニアリュブリャナ。そういう土地土地の今日の結果を見ても、マルクスの夢は悪夢に過ぎなかったことが浮かばれる。
チトー、ユーゴスラヴィア連邦。そういうものは、今のスロヴェニアに何をもたらしたのであろうか。

駅は旧市街とは離れた場所にある。
歩いて旧市街を目指す道すがら、カジノを通る。仮初めにも首都のカジノでありながら、ど田舎の閉店寸前のパチンコ屋より寂れたその姿に、スロヴェニアの経済が死んでいることが伺える。
寂れた新市街に集まる無為の人々、誰もいないマックスマーラ。

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活気とは真逆のカジノ

そんなことを思いながらブラブラして旧市街に差し掛かる。

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