近所の中華屋さん〜国家と人〜

カレーライス。中華。和食でもないが現代日本人には不可欠な食事である。
どうも時々はこれを食べないことには胃袋がおさまらない。

フランスでもおそらく他のヨーロッパ諸国においても華僑のいない都市はない。
どこにでも中華屋や華僑のエセ寿司レストランがある。

そして別件で述べたが、パリと首都圏には今や70万人程の温州華僑がマジョリティーとして住み着いて、強固な地縁兼血縁共同体をして半数の煙草屋を占有するに至った現状がある。
僕の住むフォンテーヌブローにも小さな中心部に4軒もの中華屋があり、半数の煙草屋は華僑のものである。

今宵、行きつけの中華屋が温州華僑かどうか調べる目的もあり、惣菜を買いに行った。

余談であるが、フランスにおいてアジア風味が恋しくなったら、どこにでもある中華屋に入るしかない。
かつて従姉妹夫妻がパリに来て、1週間程度の欧州滞在の最後の方に我慢ならなくなり中華屋に入りほっとしていたが、このように旅行とてこの塩梅なのだから、住んだら特にアジアの味に飢えることは必至で、中華屋はそんな我々を救ってくれる。

自分とて時々疲れて料理をしたくない夜には、コンビニ弁当もなければお持ち帰り料理の選択肢を欠くフランスにおいて、中華屋には世話になっている。ケバブかエセ寿司かピザか中華なら中華を選んでしまう。
しかもフランスにはUberEatsやドミノピザを除けば大した出前もない。

天ぷら蕎麦に熱燗をつけて出前をとりたいものだ…

僕がフォンテーヌブローの教会の斜向かいの中華屋を行きつけにする理由は大した理由がある訳でもなく、単純に亭主とおかみさんの人が良いからである。良い人間の作る飯はうまいし、金を落とすならこういう人間に落としたい。にこやかで丁寧な応対のご夫婦である。
僕は馴染みなので、与太話もする客と主人の間柄である。

そして、この店の味は全て味の素とウェイパーから構築されている。
化学旨味物質の染み込む裏切らない味を年がら年中提供してくれる安定のクオリティである。
不味旨グルメである。

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