男の悲哀・子の悲哀

こうして、白ワインとアテがキャメルの口を上手に開いて、彼の心の叫びが三人の耳に幾ばくか漏れ聞こえ、その漏れた声から我々はより彼の心の核心に至ろうとスクランブル発進を繰り返す。

無論キャメルは子キャメルを待望している。
しかし彼は5ヶ月を迎える胎児の子キャメル、すなわちお前さんが着々とこの世に出でる準備をしている側で、父になる準備をすること自体に戸惑っているのである。
我々の中でいの一番に父になるのがお前さんの父で、大学を卒業後に人生を安定させる時期を持つと信じて疑わないフランス社会の位相にあった父だから、少しばかり人生の行き先をどこにもって行ったらいいのか困惑しているのである。

巻子は爽やかに僕の方を見て言った。
「しかしキャメルは嬢との恋の道を行くのに少々急ぎすぎたわ。」と。
僕は男の面などを見ながら呑みたくなかったところ幸いにも運良く巻子の前に座っていたから、そんなことになったのだろう。
僕はただ「あぁ。」と尤もらしく相槌を打つ。
「出会ってすぐ子作りを急いでいる女と一緒に暮らし始めて、キャメルは子供が欲しくなかったのに、それで…」巻子は続けた。

我々は親友である。「それで…」の後はもう一々言う必要すらない。
僕が無粋にも補足を入れれば、〈コンドームをつけていたのに何故か子供ができた〉のである。

ある部外者の女に言わせれば、それはチェックしなかった男が悪いと言うが、非破壊検査でもあるまいに、どうしてゴムに穴が空いているのかわかるのだという話であるし、先ず、キャメルは付き合う女を細かく疑うような嫌な男ではない。だからこの純朴なキャメルが騙されたことは、巻子とマルボロには一大事であり、彼らは未だ嬢がキャメルを騙して子作りをしたことに納得がいかない。
運命論者で冷めた黒髪長髪の僕は、いつの日か白髪長髪の狐のような顔をした男が、新潟の真紀子に「人生色々」と言って煙に巻いたように、フランスの巻子に「運命だ。」などと言って切り返した。

後悔というものは人間の常で未来を改める場合において必要なことでもあるが、時間が不可逆である以上、後悔しても意味がないということがあり、こういう子作りの後悔などは、無意味の後悔というものの至上である。

この夜、僕は何度「運命だ。C’est le destin.」と言っただろう。
とは言っても、当事者ではないマルボロと巻子と僕がいくら起こってしまった事実を定義しようとしても、我々は飽くまでキャメルという当事者の家族に次ぐ心理的近距離にいるということに変わりはなく、何を言おうと非当事者の戯言にすぎない。無論過去に対するやるせなさと未来に対する不安を一番抱えているのはキャメルである。

されど子キャメルよ、お前は何一つ心配する必要はない。
お前の父は確かなこととして、既にお前を愛し始めている。父はお前の名をお前がこの世におそらく誕生する生前5ヶ月というのに既に決めた。僕もマルボロも巻子もお前に逢えるのを心待ちにしている。
ただ、我々がお前に逢うことをだけを楽しみにしていれば良いのと父の状況は違う。
お前の父には、その生まれつきの長男的責任感、そして期せずして訪れた父子家庭の長男として、仕事で方々へ出なくてはならないお前のお祖父さんに代わり、幼き妹二人の盾になり懸命に家を切り盛りする中で培われた責任感をして、お前さんの父として自分が適切で立派であるか自問自答しているのである。だから、この責任感故に、父は自分の子供欲しさにお前の父を騙した母を時にほんの少しばかり恨むのである。

キャメルは子供が生まれてからの人生が、父として忙しくなり、自分に時間を割けなくなることが日に日に明らかになるにつれて不安である。
そして、自分を騙して子作りをした嬢に対して、かつてあったはずの恋心は完全に失われ、その自分の私生活の状況にうんざりしている。

「何。そういう時のための僕ら三人ではないか。僕は幼児性愛者だから育ててやる。否、博士論文の通り武家の養子史の専攻だから、困ったら養子にしてやる。」などと僕が言って、笑いとともに、この話題に関してはひと段落がついた。

ワインボトルは二本三本と白と白で重ねられた。だからとてこの白色がキャメルの晴れぬ心を薄める訳ではないようで、我々四人は何度も席を立ち店外で煙草を吸って、外気にあたった。

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