男の悲哀・子の悲哀

「俺は嬢を愛していない!」
こうキャメルは煙草を一服しながら明言した。
この週末から南仏へ嬢とお腹の中の子供とバカンスへ行くというのに、この我々が言われなくとも熟知していたことの表明は、我々にとっては驚くことでもないが、奴にとっては心理の中における決別の文言である。

店内でまた卓上会議になる。
僕は「愛していないとか言って、どうせまたやるだろ。」と皮肉に尋ねる。
キャメルは「もう二度と嬢を抱かない。子ができてから一度もやってない。もう二度と。」、こうさらに明言を重ねた。

巻子は「本当?」などと言って相変わらずの楽しげな笑顔でびっくりしている。

つまりキャメルは、心理的にも肉体的にも嬢との決別を表明したのである。

僕は性愛は一致することこそ稀だと思っており、その一致を知らない故にある種の童貞であると自認している。しかし、それだけに、僕はこの一件以来、あの好色のキャメルが、キャメルらしさを完全に失い、色気も覇気も、フランス人一面白い軽口までも、紛失してしまったことを、悲しんでいる。

キャメルは今や性愛一致論者であるから、嬢に対する愛と信じられる気持ちが微塵もなくなった為に性を失った。

キャメルは続ける。
「独身の父になる。父母で交互に子を育てる。」

もうキャメルは嬢との同居を解消することに気持ちが一杯である。

僕が危惧するのは、生気というよりは性気を失ったキャメルが、その生真面目さ故に、つまらぬ子持ちの独身男になることである。
当面女は結構だというキャメルに「まあ運命はわからぬ。お前と巻子が十年後に、運命に導かれ一緒になっていないとは限らない。」と僕は言った。

実は巻子は、キャメルが二十歳の頃、大学で落としたくて落としたくて仕方がない、惚れた女であった。巻子はその時も今も独身を貫いている。

かつて巻子と僕で話した時に、ふと恋愛の話になったことがあるが、「私は、好きな人じゃないとセックスすらできない。」とか言っていた。
これからわかるように、巻子は女の操堅く、遊びを嫌う。いつも一人で方々を飛び回り、極めて仲のいい双子の姉妹とよくコンビでいる。
巻子は、同じような顔をした巻子’と会話でシンクロすることもある仲良し双子であるが、巻子が旅人なのに対し、巻子’は映画評論に精通していて、互いにブログをやっている。
こういう行動形態も似ているが、巻子’も巻子同様操堅く、何人をしても落とそうという行動では落とせない女である。
また、巻子は「目を見て運命を感じない限り無理。」とこの夜言っていたが、この双子は、運命を感じ、その運命に導かれる真の恋愛しかする気は無く、とりあえず気を紛らわすために誰かと付き合うとかいった、恋愛のママゴトの類は不要なのである。

僕の本望は、やはり巻子とキャメルにはいつの日か一緒になって欲しい。親友がいつの日か人生のパートナーであるという恋愛は美しく、そしてチンケな恋愛もどきから、年齢の制限や子作りのリミットのために無理して一緒になるようなものとは違って盤石の絆である。
僕は未経験ながら、そう仮説をたてている。
そして、巻子はキャメルのこの一件の全てを知る女だから、はなから互いを詮索する必要のない間柄ではないか。

巻子は、「なんでいつもあなたたちは私を誘わないの。」などと口撃してくる。
僕は、「俺たち三人のカップルにお前は邪魔なの!」と言ったが、しかしこの邪魔者のために、キャメルは僕にとって極めて興味深い心情を吐露し始めた。

巻子が「私日本に行きたいわ。」と唐突に言う。
そしてキャメルが続く。
「そういえば、俺日本語習おうと思っているんだ。俺の息子は日本人の叔父としての副ゴッドファーザーを持つ訳であるし。お前のおかげで日本に興味を持ったよ。子供にも日本語を習わせたい。」

たまげた。
僕はキャメルが日本に興味を持ち始めていたことは全く知らなかった。
無論、騎士のこいつの家柄をして武士に興味があるのは知っていたが、日本語をやろうと思うまでとは驚いた。
この、いちいち宣言をして自分の気持ちを確かめる性質の男キャメルの抱き始めた日本愛を宣言させたのは他ならぬ巻子なのである。
こいつらは本当に呼吸の合う男と女である。

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