男の悲哀・子の悲哀

夏である。女は冬にこそ欲しけれ、夏にこそ来る天邪鬼である。
そして夏は太陽と熱気と共に女が開放的になる季節だから、女は釣堀の魚のようになりがちであり、釣堀でする釣りがつまらないのと同じで、釣堀のような恋愛の季節でもある。
そんな話と共にマルボロは、性愛が分離している間柄にありては、
「コンドームは二枚重ねで。」
と僕に忠告を与えた。

もはや僕ら四人の間で穴の開いたコンドームは「山・川」よりも強い合言葉である。

その前日に生徒の成績を出し終え、僕にはバカンスが来た。マルボロは映画会社のアーカイブズの契約社員の仕事があるから、9時過ぎに一緒に家を出る。

マルボロより一足先にキャメルもバカンスに入る。
旅は女と行かば、極楽であってもおかしくはない。
キャメルは嬢とそのお腹の子と、潮風吹き果実実り太陽輝き海の幸に恵まれた南仏に向かう。
そして、その潤いの南国で、無味乾燥の日々を、何も起こらぬというより、起こす気にもならない褥とともに過ごすのである。

僕は白ワインの頭痛を癒すためにジムに行き、やたらと筋トレをして走った後、なんだかむしゃくしゃしてサウナを二度重ねた。

世の中には望まれない生まれの子や、弾みでできた子供が数多いるに違いない。

「いつかもし子供が生まれたら 世界で二番目にスキだと話そう
君もやがてきっと 巡り合う 君のママに出会った 僕のようにね」

このように言ってもらえる順風満帆な両親の元に生まれる子供というのは、実はそんなにいないのかもしれない。愛してないけれども一緒になった男女の間に、二人が欲して子供ができる場合。片割れが欲し、もう一方は欲していなかった場合。お互い欲していなかった場合。こういう盤石とは言えない体制下の子供は多いのではないだろうか。

男はマルボロが言うように、「子に対して失礼」にならないために、そして子供にらいおんハートを恥ずかしげもなく熱唱できる環境を整えるなら、「見せかけの恋に嘘かさねた過去」となるに決まっている性愛分離型の恋愛もどきを克服し、巻子が「目が合った瞬間にわかるはず」と信じる、来るか来ないかわからぬ運命の相手を俟たなくてはならない。

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