嘘七百のクールジャパン

どうして、日本で美味しいフレンチやイタリアンが一般化したのかといえば、最近は現地の日本人村に吸収されてしまい、フランスにいながら、フランスを感じる暇もなく、フランス語も話せず、実は日本人の世界で四六時中働く人が多いという問題はあるが、日本人で現地に行って学んで来た料理人がたくさんいるからである。
この逆で、例えて日本で修行を積んだ外国人の寿司職人が国へ帰り、伝道師となっていくのが良い。

最近はパリの中央サンジェルマンデプレに、「こだわりラーメン」という、もともとパイロットだったJean-Baptiste Meusnierという人が脱サラして日本で修行して作ったラーメン屋ができた。
私もラーメン党でないにもかかわらず行ってみたが、日本と遜色ない非常にクオリティーの高い本物のラーメンが味わえた。内装もフランス人が大好きな日本の横丁が再現されている。日本人だったらこの発想にはならない。
例えば、豚禁止のイスラム世界でとんこつラーメンなんぞ作れっこないが、どうしたって外国文化を定着させるには、その現地の流儀に従い、その人たちの感性に馴染む必要がある。この点、日本の日本人シェフのフレンチがどこか日本風であるように、フランスのフランス人ラーメン屋のラーメンがどこかフレンチみたいなことを促進していかなくてはならない。

対して、クールシャパンはいつまでたっても、投資先を間違え、現地の流儀に従わず、赤字を重ねる始末。
浮世絵は、そもそも高級品でもなんでもなく、幕末維新期に日本から西洋に発送された美術品の包み紙になり、それが西洋人に受け、今では一流の美術品になったではないか。
このように、どこが外国人にうけるのか本国の人間にはわからないのであるから、しっかり、現地の言葉でアンテナをはって、現地人と交流して、この動向を図らなくてはならない。パソコンの前で計算し、予想売上高を算出していても意味がない。

最近は、抹茶がお菓子としてフランスに定着しだした。甘党の白人が純粋な飲み物としての抹茶を好むとは思えないし、一部を除けば不器用な白人が抹茶を茶筅で立てられるわけないんだから、現地にうける形がある。

あるいは、フランス人で気付く人は、日本の包丁がいかに切れるかを分かり出した。フランスの包丁は切れない。こんなにいい刃物を作る国は日本しかない。
だから、職人向け高級和包丁、気取り屋主婦向けおしゃれ和包丁、貧困層向け安価和包丁。対象を上手く分けて、価格に差をつけて、うまく戦略を立てれば、日本の包丁で世界征服できるはずだ。

そして、民藝。わかるフランス人は、ベトナムの磁器や、日本の陶磁器や染物など、手仕事のものを愛用する。そして、民藝は値段が庶民でも手がとどく価格である。
最近は日本の若者に民藝がうけ始めているが、外国人で日本の民藝が大好きなのはフランス人。
民藝愛好家の僕が言うとステマだが、銀座たくみを始めとする日本の民藝品店なんかフランス人観光客で溢れている。店員にフランス語ができる人なんか誰もいないのに。

僕と指導教授は民藝を愛する2人であり、先生は「なんで民藝屋やらないの、絶対フランスでうけるのに」と僕に仰った。ということは、先生から引導を渡されているのかもしれないから、学者稼業をやめて、民藝屋の親爺になるのも悪くないかもしれない。

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